番外編13)日本の英語教育をぶった斬る 〜It’s Nonsense!〜

雑談
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最近、小学校の英語の義務化/教科化が世間を騒がせています。一方で、多くの方は、中学校、高校、大学と約10年間もの間、英語を授業で習い、勉強して来たことかと思います

で、結局、英語に関してSpeaking、ListeningについてOKですか?体得出来てますか?

って聞きつつ、ほとんどの人が英語に関して体得出来ていないのではないでしょうか?

恐らく戦後となった1945年(昭和20年)から英語教育は既に実施されていたようでそこから2019年現在の今に至るまで74年もの月日が流れているにも関わらず、極端な話、日本の歴史として英語教育はそれほど大きく変わっていないのではないか、と思います。

他国では10年もの第一外国語として英語の教育を受けている生徒はほぼ例外なく、それなりに喋れて、聴く力が養っていくようです。

上記を踏まえ、今回は「英語」をテーマに記載したいと思います

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日本の英語教育

74年の英語教育の歴史をサクッというと基本的に中学校・高校さらには大学で文法を中心に学び、ReadingとWritingに特化した進め方をしていた。次第にListening、そして、Speakingも強化すべきということで徐々に授業の毛並みが変わっていったというのが事実なのでしょう。

一方で試験そのものは文法偏重なままでReading、WritingとListeningの3技能のテストがせいぜいだと思います。

また日本の英語教育に関して、以下のように指摘している方もいます。全くもって私も同意見です。

公立中学校・高校では、未だにReading、Writingが中心で加えてListeningを継続やっていて、英検を受けさせるという私が中学生だった時代となんら変わらない活動が今もなお繰り返されております。私立中学校・高校だとそもそもGTECやTOIECということで企業でも活用している英語チェック・プログラムも並行して実施されているところが多いです。

本来、中学校の3年間、高校の3年間、大学の4年間という計10年間で勉強をきちんとやっていればそれ相応に英語力が身につくはずですが、どうでしょうか?

ここには様々な問題が潜んでいるのだと振り返ります。

問題点

英語教育について、現在もなんだかんだReading、Writingと呼ばれる読み書きファーストでの教育になっています。本当に「日常で使える英語」は、言わずもがなListening、Speakingと呼ばれる聴く話すが非常に重要です。

でも未だにその根本的な問題に関して効果的な打ち手を文科省は取っていません。

単純に中・高・大の10年で成果出なかったのでもっと早くからやろっか、じゃあ、小学校5年から英語を必修でー。っていう施策に見えます。国は本当にバカなのかもしれないって思うのは私だけでしょうか?

なお、国の施策だけが悪いわけではない部分も当然あるように感じてますのでそちらについても触れます。

日本は平和な国であり、日本語が話出来れば、困る場面が非常に少ないのも英語の浸透が低い要因になっていると思います。

例えば、ベルギーやオランダですと普通のおっさんや浮浪者のような方が4ヶ国語を普通に話せます。

これは歴史的な背景ももちろんあります。フランスやドイツの植民地時代のカルチャーも残っていつつ、グローバルで使われる英語に加えて母国語という形で多言語が普通に生活に馴染んだ世界観になってます

テレビである番組はドイツ語、ある番組はフランス語、またある番組は母国語や英語というように翻訳テロップ無しで普通に放送されてます。これは嫌でもListeningは鍛えられますし、当然、多言語であってもその中でずっと生活しているので何を言ってるのか、瞬時に理解出来ているようです。

またレストランもフランス系オランダ人のお店だとフランス語、ドイツ系のお店に入るとドイツ語というように嫌でもその言語で喋ることになりますメニュー表もそれぞれの言語で書かれているのでReadingも出来るようになります。

この環境の違いも理解した打ち手というのが必要だと思います。

ちなみにこれそのものも文科省は視察とか言って、欧州や北米など行ってるはずなので、さらに昨今、消費税が10%に値上がってますが、本当、税金の無駄を感じません??考えれば考える程、国に対してのムカつく感が半端なく湧き上がってきます。もっと国民全員で怒ろう!

一番良いと思う打ち手

打ち手はいくつか考えられますので順序立って以下に記載したいと思います。

(1)日常生活やビジネスシーンで使える題材に大幅変更
やっぱり日常で使える英語を題材にすべきで、今の英文法の教科書はbe動詞がどうとかそれを学ばせるために非日常的なやり取りを取り上げるケースが多いように思います。

I am playing tenniss. 私はテニスをしています。ってテニスしてる時に俺はテニスしてる、なんて言う場面あります?そもそも非日常な話が多いので、もっと身近な題材に大幅に変更した方が良いと思います。

(2)英語でのディスカッション・ワークを増やす。
英語でのディスカッション授業。特にアウトプットを増やすといことが大事だと思います。基本的にインプットばかりな勉強だと身につくものも身につかないです。とにかくアウトプットを増やす。

(3)英語の授業の中で、通常の科目を英語で実施する。
英語の授業の中で、国語、数学、社会、理科、や美術、体育などの科目を勉強する。要は通常身近な題材を英語にに置き換えて理解を増やす。掛け算や割り算を英語で言えます??良いんです、中1の時に小1レベルでも良いので各科目の内容を英語でやると、なるほど、英語ではこう言うのか、と言う理解が深まるように思います。日本の歴史を英語で表現してみるのも面白い。

(4)公立/私立含めインターナショナルスクール提携し、クラスの1/3を国際化
ようは、学校内でも英語で喋れる環境を作る、と言うのが主旨です。単純なお勉強の時間以外で普段もランチを英語で喋るという環境を作る。まあ、これを実現するには学校教育に関する法律や条例、そしてなにより教師の方々のスキルアップ/マインドチェンジがかなり必要なので、相当ハードルが高いのは事実かと感じます。

但し、(1)〜(3)はそれほどハードル高くないと思ってます。英語の先生のPassionがあれば、独自プリントを作り、独自ワークを作り、簡単な他教科の授業を英語で教える。これは学校内のコンセンサスを取れれば今からでも無理じゃない。

まとめ

一番言いたいことは中・高できちんと使えるEnglishを学ぶ事が出来るカリキュラムにした方が良いということ今の英語教育のみジャパニーズトラディショナルとも言えるお得意の“改善”が無い。。新たに小学校高学年において英語を義務化するよりも改善が先だと考えます。小学校高学年に英語必修にしても英語力が付くかと私はほとんど変わらないと思いますし。早くからやっても根幹が確立されてないからそこに意味もないと感じます。

公立の中・高の6年間でどのレベルの学校でも共通して英語のSpeakingとListeningが完璧な水準に達しているなら、小学校への英語は分かる。

でも実際、そうなっていないですよね。

平成の30年を越え、令和の時代になっても昭和オペレーションのまま、74年間も英語教育はほとんど原型のまま、本当に愚の骨頂だと思います。

おそらく小学校高学年への英語必修化は進み、中学受験にも英語がどんどん導入されていくことが予想されますが、結局、Reading、Writing、Listeningで終了で、小学校低学年から英語のための塾に行かせて、中学受験向けにさらに受験英語やって、、というようにお金も負担も今以上にキツくなることでしょう。

そして格差も拡がり・・・。

そう考えると本当に小学校の高学年への適用は本来は禁じ手な気もしますね。。。

お国の考えてることは分からない・・・。まあ、法律作ってる政治家はお金持ちばかりだから庶民の気持ちが分からないのでしょう。

現段階での小学校高学年の英語必修化、私は大反対です。

厳密には「まだ早い」。もっと中・高・大の打ち手として、やりきったタイミング、もしくは高校卒業時にほぼ全員がTOIEC700点くらいある水準になっているなら小学校高学年からも導入すれば良い。安易に早熟で導入すれば中途半端な結果になるのは目に見えます。日本語だってきちんと話せない若者が増えている中で英語を増やすという違和感。

貧困層はより一層貧困に、お金持ちは財力をもとに偏差値だけでなく語学力も付けて更に子供もスキルアップ、まさに格差スパイラル。

やばいぜ、日本!お金持ち勝ちの国家へ更なる加速!

英語だけの議論で飛躍気味ですが、うーん、考えさせられます。

 

 

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